団子鼻の新幹線でディズニーランドヘ

ディズニーランドには1回しか行ったことはありません。今回は、その時の体験談を書きます。

小学校4年生だった昭和50年のゴールデンウィークに、両親と6歳下の弟の家族4人で訪れました。
1泊2日の日程で、ディズニーランドに行ったのは2日目でした。

当時の新幹線は、のぞみが10分間隔で運行されているような時代ではありません。
大型連休中で増発はされていましたが、それでもひかりが1時間に4〜5本程度。
現在のようなハイテク車両ではなく、団子鼻の0系でした。
指定席は早い段階で埋まっていたため自由席を利用したのですが、京都駅で乗車した時にはすでに満員だったため、通路に立ってました。
名古屋で降りた人が何人かおり、座ることはできましたが、家族は離れ離れで東京まで乗ることに‥。
母方の祖母の実家が岡山にあり、何度も新幹線で岡山には行ったことがありましたが、東京方面へは初めての旅だったこともあり、そんな車内状況でもワクワクしていました。
今、のぞみなら京都から東京まで2時間10分ほどですが、当時は3時間ほどもかかりました。
東京駅に着いたのは午後6時ごろ。
地下鉄東西線の大手町駅まで歩き、そこから飯田橋のホテルへ向かいました。
ホテル名は忘れましたが、部屋から当時の後楽園球場が見えました。
テレビでしか見たことのなかった球場に興奮したのを覚えてますが、傍では東京ドーム建設のための基礎工事が始まっていたように思います。

翌日は、ホテルで朝食を済ませたのち、8時半頃に出発。東京駅経由でディズニーランドヘ向かいました。
10時頃に到着したのですが、当時からディズニーの人気は高く、連休中ということもあって入場ゲート前には見たこともない長蛇の列ができてました。
入場するのに30分くらいかかったと思います。
中に入ると、当時は1、2の人気だった「スペースマウンテン(?)」というジェットコースターを目指しました。
順番待ちが90分との表示。
どのアトラクションも行列ができていたため、途中で目当てのアトラクションを変更しても仕方ないと思い、我慢して並びました。
ようやく順番が来た時には、すでに正午を迎えていました。
ほとんどの区間が建物内を通る設定だったと思いますが、きらびやかで色とりどりの照明の中を2分ほどで駆け抜けました。
薄暗い中を疾走するため、実際のスピードより体感的に速かったです。
ひたすら並んで、ようやくたどり着いたアトラクションだっただけに、乗り終わった後はとても感動したものでした。

ようやく一つアトラクションに乗った後、園内のレストランで昼食をとりました。
確か、弟と一緒にお子様ランチのようなメニューだったと記憶してます。

その後、ホラーハウスのような設定の「ホーンテッドマンション」を体験しました。
こちらも1時間以上の順番待ちでした。
5〜6人乗りのカートに乗って建物内をめぐり、様々なホラーを楽しむといった内容でしたが、正直、それほど怖いと思いませんでいた。

すでに午後3時を回っており、土産を買って園を出ました。
せっかくのディズニーでしたが、乗り物は2つだけで終わりました。
それでも、クラスのみんなが行きたがっていて、まだ誰も行ったことがなかったディズニーに一番乗りできたこともあり、嬉しかったです。
帰りの新幹線は5時頃に東京駅発のこだま。
さすがに自由席でも空席があり、家族4人でくつろげましたが、各駅停車のため5時間超の長旅でした。

後に東京の大学へ進学し、ディズニーランドヘ行こうと思えばいつでも行ける身になったのですが、結局、これまで全く縁がない状態です。
就職で京都に戻り、現在は5歳の男の子の父親になりました。
今年の2月に2泊で東京を訪れ、懐かしい飯田橋界隈に宿泊しました。
近いうちに子供を連れて、ディズニーへ遊びに行きたいと思ってます。